会長ご挨拶

平成27年8月
土井内 徹

  皆さん、今日は。残暑厳しき折柄、高縄会会員の皆さんにはご健勝にてお過ごしのことと拝察申し上げます。

 この度、高縄会会員の皆さんのご賛同を得て会長職をお引き受けすることになりました土井内徹です。先ずは簡単に自己紹介をさせて頂きます。
 出身は旧北条町朝日町、昭和17年10月1日生。長男ですが、故郷を出て 東京にて浪人、学生時代を過ごし、サラリーマン人生を卒業するまで、この間昭和40年代後半の1971年~1975年の4年間、当時の西独デュッセルドルフ駐在期間はありますがほぼ半世紀を東京にて勤務、横浜に在住することになりました。

 これまで長年に渡り高縄会の発展のためにご尽力されました早坂暁先生のような類稀なる才能もなく浅学菲才の身ですが、自然豊かな環境で育んでくれた故郷や同じ思いを抱く皆さん方に多少なりともお役に立つことが出来ればと思います。よろしくお願いいたします。

 高縄会入会の契機は、高校同期(松山北高校12期)の田中勲君の紹介によるものです。春は桜、それも上野の満開の桜、絶えて久しく味わうことが出来なかった春を告げる魚「いかなご」と「醤油の実」の美味、加えて郷里の銘酒「桜うづまき」、「雪雀」に舌鼓を打ちつつ早坂暁前会長の時代考証を伴った興味尽きないお話と、三拍子も五拍子も揃った故郷の集まりにすっかり魅せられることになりました。平成20年4月5日、こんな楽しい集いがあることを初めて知るところとなりました。

 そんな高縄会も今年平成27年4月記念すべき100周年を迎えることになりました。高縄会発足時の大正4年(1915年)は現在の夏の全国高校野球選手権が旧制中学の野球全国大会として始まった年でもあります。第一回大会は僅か出場10校だったそうです。そんな古き時代に愛媛の片田舎・風早地区から遥々地縁もない大都会東京へと旅立ち、初会合はどんな会合であったのだろうかと、尋常小学校唱歌「故郷」の歌詞の如く夢と志を抱いて上京されたであろう故郷の先人に想いを馳せざるを得ません。

 100年の歴史とその重みに鑑み、尚且つ諸先輩方がいらっしゃる中で大役をお引き受けし、身の引き締まる思いですが、次の世代の方への繋ぎ役として高縄会の発展のために尽くせればと考えています。

 さて、今後の高縄会の活動に当たり課題もあります。会員の高齢化、若い人達の参加、病気や介護で参加が困難な方との連携、郷里の行事紹介や交流、このための一助として高縄会ホームページの開設による情報公開などです。

 幸い、幹事の堺逸郎さんを中心に、泉久仁夫さん、田崎信子さん、大森礼子さんのみならず、若手の西原是良さん、立町宏さん、沼田謙太郎さんをはじめ有志の野村孝志さん、渡部展久さん、またホームページ開設のため特段のご尽力を頂いている堺さん知人のAccept(アクセプト)社長の平田実さんのご参加を得て、色々ご提言を頂きながら検討していく状況になりつつあります。誠に心強い限りです。

 末尾になり恐縮ですが、毎年ご芳志を賜っている「森水産」の森敬一社長、「忽那醸造」の忽那哲郎社長、「桜うづまき」の篠原成行会長、まだご面識を得ていませんが「雪雀」の猪野敏朗社長に改めて厚く御礼申し上げます。これまでの100年に渡る本会の歩みに思いを致すと、先代やその前の時代から多大のご支援を頂いていたのではないかと、誠に有難い限りです。
 また、休日の土曜日開催、ご多用にも拘らず来賓として毎年ご出席賜り、ご祝辞を頂いている松山市東京事務所所長(松本真也さん)並びに愛媛新聞社東京支社編集部長(山本良さん)にも厚く御礼申し上げる次第です。今後とも何卒よろしくお願いいたします。

 “高縄会”、いついつまでも、こんな“故郷の会”があると語り誇れる会に皆さんと一緒に新たな歴史のページを一年一年刻むことが出来れば幸いです。

 以上ご挨拶とさせて頂きます。

◎関連サイト

北条商工会

北条地区まちづくり協議会

風早歴史文化研究会

愛媛県

松山市役所

風早活性化協議会
松山市が策定した「風早レトロタウン構想」に基づき、住民が主体となって地域資源を磨き、活用しながら北条地域の活性化を図るため、住民や市民団体、事業所等が集まり、平成25年4月に結成されました。
風早地区の情報を発信しています。

英風会
原則として八反地地区内の満16才以上の有志者で組織され、地区内の地域振興に活躍されている団体です。

石神井ラジコンボートクラブ
渡部副会長が主宰するラジコンボートを愛する方々の集まりです。

有限会社カネモ
森副会長が経営する”ふるさとの味”をお届けする会社です。

山田屋まんじゅう
北条の味、「山田屋まんじゅう」さんです。

株式会社アクセプト(ホームページ制作)